2009/02/08

自己防御



いろいろと遠回りをして、やっと掴んだ平穏を壊されるのは悲しい事。
それ以上に、平穏を得る為の誠意ある対応を無下にされる事は悲しいよりも腹立たしい事。

私にはネットの世界と区切るにはあまりにも大きい存在になった大切な人がいます。
その人は思いやりがあって、人を傷つけるならば自分が我慢すればいいという人です。
その優しさがあだとなる事もあるけど、でも悲しいほど優しい人です。

私は苦手な人には近づかないし、基本的には自分から接触することもありません。
だけど、自分の大切な人が無意味に貶されたりするのはどうしても許せない。
でも私がここで怒って泣きわめいても、私の大切な人が困るだけなので、私も我慢します。
悔しいけれど。


人の肉体を傷つければ罰せられるのに、人の心や自尊心を傷つけても罰せられないのはなぜでしょうか。

お互いがわけあって罵り合い、真っ向から正々堂々と喧嘩をしているならまだしも、一方では良い顔をし、その一方では自分の自己愛の為だけに相手を罵倒する。

そんな卑怯な人に、私の大切な人を語って欲しくない。

その人は一体何の為に、存在するの?
身勝手な自己愛を完成形にするためだけ?

あの人がいつも笑顔でいてくれたら、それだけで私は嬉しいし救われます。
身勝手な「隣人」の為に、心を消さないでいてくれればいつかまた笑顔で会える日が来ると思っています。

だから私も負けないように強くありたい。

今までは身勝手な「隣人」に振り回され、いつも不安で寂しかったけど、これからは小手先だけのはき違えた表現に惑わされる事なく、心の中のあの人をいつも守っていたいです。