
「私って○○な人じゃないですかぁ」という人が嫌いです。
知らんがな。
この一言で済ませてしまいたい。
自分で
「私ひきこもりだから」
「私ブサイクだから」
「私ご飯食べるのめっちゃくちゃ早いの」とか。
こういうのは全然いい。
ほうほう、そうなんだ。
だって事実関係を言うだけだもんね。
「○○な人じゃないですか」という、意見の押し付けが嫌いなのです。
そういう時、決まって私は「あ。そうなの?」と『誰もそんなこと思ってないし。そんな事意識してませんでしたよ』というオーラを前面に醸し出してやります。
自分のイメージを他人に植え付けるのに必死な人が嫌いなのです。
それはその人の願望であって、その人そのものではないと思うから。
願望を表に出して、本当の自分をひたすら誤魔化そうとしてるんじゃなかろうか、とさえ思ってしまいます。
他人からどう見られているか、そりゃ人として生まれた以上気にはなります。
「ハッ!さっきすれ違った人、私の股間ばかり見てたわ…って、チャック開いてるし!!」と、思わぬ自分を発見することもできるので。ただ、やはりそれは「自分」と外界との融合点があるからこそであって、自分発信の自己表現ではないと思うのです。
まぁ自分発信の自己表現は、ホント押し付けと表裏一体ですからと思うというわけです。
こう思って欲しい、、、そう思うのであれば、語らずとも伝わるぐらいの努力をしやがれってんですよ。